考察

コメントするカテゴリー: ブログ

 

気温ぐっと上昇

カラカラの畑

グッタリなスペラルトマト

 

さてこのトマトは何と言ってるか?・・・

答え、何も言ってない。

彼らはどんな状況でも前向きに、生きるため、命のために当たり前にベストを尽くす。

弱音を吐くのは人間だけ。メンタル弱く自滅するのは人間だけ。

 

栽培夫にできることは、そんな過酷な状況を改善してあげること。・・・なのだけど、投じた一手が改善につながるのか、もしかすると改悪になってしまうのか、それが非常に難しい。

強いて言うなら、このトマトから感じるのは、何もするな!のオーラ。

だから、僕は余計な手出しはしなかった。・・・いや、何もするなは内なるコロの声かもしれない。

 

コロを死に追いやってしまった日、リハビリ準備に張り切る僕を見るコロの目が、明らかに怯えているのを知っていた。

抱え上げた時の叫び声、命潰えた瞬間の呻き声、今もくっきりと耳に残る・・・。

 

基本的に自然、そして生命に対し何もしないほうがいいのだと、その認識が今はより強まっている。ついついあれこれと手出しするのは、それが人間の、、自分の愚かさの、弱さの証なんだろう、と思う。難しいけど気を付けていたい。

 

覚醒

2件のコメントカテゴリー: ブログ

これだけぐしゃぐしゃですと、大掛かりな手術になりますのので、入院は10日間必要でしょう

10日ですか!?

はい、肋軟骨を移植しますし、そうすると身体のほうに多少ダメージも残ります…いずれにしてもひと月ぐらいは仕事もセーブする必要がありますよ

??… (なるほど、東京じゃなきゃできないっていうぐらいだからなかなかの手術っていうわけか)

どうしますか?

……

決断できましたら承諾書にサインしてください、手術ですからそれなりにリスクはあります、肋軟骨採取の際には、肺を傷つけたりして、気胸を発症する可能性も稀にですがあります、そのかわりこの手術で生活の質が劇的に改善される可能性もあります…

そうですか、やめておきます

 

この時頭に浮かんでいたのはコロのことだ。

2年前の年末に大腿骨を粉砕骨折して、やはり遠方の名医のところへ足を運び大手術していただいた。手術は成功、粉々の骨をまとめてワイヤーでぐるぐる巻きにしてある画像をみた。いずれその足に神経が宿り、元のように歩き回れる日を目標にリハビリを始めた。年が明けて春、農業が忙しくなるまで3か月の間になんとかある程度のところまで持っていきたいと願いつつ、とにかくずっと付き添い励まし続けた。3月になり、焦りからリハビリの強度を上げて無理を強いた結果、コロは一瞬で死んでしまった。その遺体を捌くときに見つけた…新しい足!!!コロは、自然は、大手術施した足のことは諦めていた。その根元に足が育ち始めていた。自分なりに生きる術を準備していたのだ。あれを見た時のことは一生忘れないだろう。

そのイメージが、ふっと浮かんでいた。

僕の中に住むコロが発動した。

手術は悪、自然任せは良し、というつもりではないが、気づいたら、やめます!と、大きな声を出していた。

 

思いっきり呼吸ができる生活への渇望は、とりあえず封印。

昔のイケメンに戻ること、それはもともとどうでもいい…

 

さて長野に帰り日常に戻った。ここではすでに育苗が始まっていて、蒔いた種は芽を出し、成長の第一歩を歩みはじめている。この命を当然見捨てるわけにはいかない。いやいや、みんなのこと忘れっこないじゃありませんか!!今年は地温の高まりも早そうだ…やることは山ほどある。そもそもが、手術など受けている時ではなかった! dream is over

 

マス苦

コメントするカテゴリー: ブログ

睡眠中に窒息死がチラつくほどの苦しみを味わうことが増えてきて、ついに鼻を少しは通るように直したい…と思うようになった。

ボクサーの時にへし折れて崩壊した鼻、思った以上にひどいそうで、できれば農閑期の間にと思っていたが、いろいろたらい回しにされた後、長野ではできないから東京の大病院でということになり・・・

畑も忙しくなり始めた今頃になってようやく東京へ、手術日を決めに。

東京は桜満開、すでに葉桜になりかけていたりする。

ニュースでは見たが、ほんとに全員マスクだ100パーセント。

まあもっとも長野でも変わらないのだが。

オレは勘弁願いたい…みんながしてるからするというのは苦手、人に言われてするのは苦手、そして何より苦しい。

ドクターいわく、普通の人が鼻から吸い込める空気を10としたら、これだと1か2かもしれないね・・・ガーン、それでかぁ、マスクなんかしてたらほんとに死んでしまうわ。

とはいえ病院内では注意されてしまったので、してた。他は新幹線でも街中でも勘弁願った。

他の人はガラガラの車両でも、人通りの少ない路地裏でもマスクマスク…

中学生のころに部活でマスクをしてランニングさせられてた。
心肺機能を高めようという、先進的(?)な顧問のアイディアだった。マスクをするといつもあれを思い出す。

さぞかしみんなのスタミナは・・・

さて、手術の話は、また。(続く)

 

 

 

 

 

人体実験

コメントするカテゴリー: ブログ

三寒四温、今年ははっきりしていて、春の足音は大きくなったり小さくなったり。

そんな感じもまたいいですね…ぁぁ自然だなぁ、と思います。

畑の凍みは緩み、ようやく昨年の作付けで使った支柱を片付けました。

柿や栗やその他の果樹の剪定をして、敷地内の林で伐採して薪づくりをして、新たに少し畑にするスペースを開拓して、それから作付けを練り、種の点呼をして…焦らず一歩づつ、春を迎える準備はだいぶ整ってきました。

コロナ騒ぎがなければ、もっと浮き浮きとした気分になるのは間違いないところです。

畑がすっきりしたら、モズやヤマガラなど野鳥たちがやってきて遊ぶ様子が目に付くようになりました。木の枝にとまっているモズが、時々地面に何かを見つけ飛び降りてつついてます。虫がうごめきはじめていているのかと思います。

コロナと関係ない、そういう生態を眺めていると、気持ちが洗われるし落ち着きます。

 

ワクチン接種、国内でも始まりました。

我先にと接種を望む人多数のようですね。高齢の方などはやはり安心するようですね。

急ぎ完成させた検証不十分なものだから、世界中で人体実験している、なんて揶揄する声も一部出ているようですが、それもいいんじゃないでしょうか。

人間が他の動物を使って実験を繰り返す事実からは不快感しか湧きませんし。

僕はもちろん100パーセント射ちませんが。

 

 

 

自然が神

コメントするカテゴリー: ブログ
寒波到来の一週間
今日も寒かった!
明後日朝には-10℃まで下がる予報
いよいよ”神の白菜”のうち、巻いているもの、巻きかけのものは収穫してしまうことにした
草に守られているとはいえ毎日凍っている、凍って融けかけてまた凍るという繰り返し、よく頑張って生きているな、と感心する、、、いや、それは白菜に限ったことではなく、大根も蕪もレタスもキャベツも人参も小松菜も高菜もネギも・・畑で裸で寒さと戦いながら生きている皆に思うのだ
”神の…”というなら、皆がそうだ、、自身の糖分を蓄えて身を守る、ギリギリまで生きるための抵抗がをする、順応しようとする、それが自然の姿だということを日々目の当たりにしていると自然=神なのだと畏れいる感覚が生まれてくる
もう1年9か月経ったが、我が子同然にかわいがった鶏が大怪我をして片足の機能を失ってしまったとき、毎日付き添いリハビリと称して揉んだり動かしたり、、いじりすぎて最後ショック死させてしまった直後、自分の一部にするために、狂乱状態で首を落とし血を抜いて毛をむしっていたら見つけた…なんと第3の足が密かに形成され始めていたのだ
あの時、自分の愚かさがどれだけ身に染みたか・・・
自然を、人間の知見が凌駕することなんてありはしない、どんな研究も自然から逸脱しているなら軽く感じてしまう
コロナコロナと妄想を膨らませ遺伝子操作のワクチンをつくって安心を得る…人間なりのやり方には、生存本能の発展形なのか知らないが、好ましくない思いがどうしても湧いてしまう

台風一過

コメントするカテゴリー: ブログ

心配したが、当地ではほとんど何の影響もないぐらいの風雨で済んだ

丸1年前の台風、あの豪雨の再現の可能性が盛んに言われていたから、ほっと胸をなでおろした

そして夕方には薄日も射してきて・・・

畑に台風の影響は勿論なく、むしろ活き活きと躍動してみえる

野菜と草が自然に寄り添う感じで、景観的に気候的に最も良い頃ではないかと思う

何か書こうとして思ったことは

1年前に書いたことと変わらない

~~~~

秋晴れ
キラキラの畑
野菜のないところはほぼ草が覆っていて
大雨でもぬかるんでしまうことはない

この畑の生物生息数はかなりのものだろう
野菜のための畑だが
誰もそんなこと感じていない

共に自由に健康に生きられる
場所を育む構成員だ

共存する自然

コメントするカテゴリー: ブログ

だいぶ秋らしい気候になってきた

いよいよ楽しみな実りの秋だ・・・今年は栗毛虫の大発生で丸坊主にされた栗の木が7本中5本

5本の木はその後新たに芽を出して、今は青々と葉を茂らせているが、さすがに実は生らなかった

のだけど・・・

残りの2本がなかなかよい

2本とも12,3年前に自分で植えたものだ

冬場にしっかり剪定もしたせいか、大きめの実がしっかりとついている

さてどうだろう、栗ご飯1回分ぐらい、季節を感じる幸せな食卓を皆さんにも味わっていただけたらと思っているのだが・・・

 

(それにしても不思議だったのは、猛烈なペースで5本分の葉を平らげた大勢の栗毛虫たちが、なぜか残りの2本に移ることなく、文字通りピタッと姿を消してしまったことだ

連想して、なんとなく聞いたような気もすることだが、自然界での生物の関係のなかで、ある生物がある他生物を食い尽くしてしまう、そして最後絶滅まで追い込むってことはないのかもしれないな・・・なんか、生物同士ではそんなことがおこらないような、そんな気がする

人間が何かウィルスとかのせいで絶滅させられるようなことって、きっとないんじゃないかな

いつか人間を絶滅させるのはやっぱり気候変動なんだろうな

自然界、生命界から逸脱した振る舞いをする人間自体がそこに加担し続けるんだろうな

もはや良い悪いとか、そういうことではなく、それは宿命だろうな)

 

 

 

 

with

2件のコメントカテゴリー: ブログ

資材小屋の天井にアシナガ蜂の巣

わりと大きめ

僕は以前、蜂に刺されまくって今度刺されたら死ぬかもしれないとドクターに言われていた

まあでもそれはスズメ蜂の話

アシナガ蜂の場合は・・・アシナガ蜂にも何度も刺されていて、蕁麻疹の出る身体になってはいるが、死ぬことはまずないだろう

作業している至近距離に蜂の巣があることは気持ちのいいものではないが、彼らは子育てに夢中でありこちらに敵意を持ってなどいない

かなり顔を近づけてみたが気にする感じもない

アシナガ蜂の攻撃性はもともと少ないといわれている

そう、ずっとそのまま敵と思わせなきゃいいだけだ、決してお子さんや君たちに危害を加えることなどしませんよ、といつも感じてもらえれば

気を配る要素が1つ増えるが、それもまたよしとして・・・

共に生きればいい

蜂の巣駆除の殺虫スプレーは封印して過ごそう

 

協調性

コメントするカテゴリー: ブログ

珍しく新聞を隅々まで読んで目にした小さな記事がちょっと衝撃だった

お馴染み”ラウンドアップ(除草剤)”を製造販売するドイツの会社が、健康被害等の訴訟に対して莫大な金額を用意し、和解を成立させ、そして未来の訴訟にも備えるという内容

 

草も人間も一緒だな、めんどくせぇ、一気に片付けちゃおう・・みたいな感じで一網打尽

まあしかし、除草剤の社会への貢献性なんかを言葉巧みに訴えられて大金摘まれたら、まあ仕方ないみたいになるのかもしれない

そして流れができればすぐに全体がそうなっていく、組み込まれる、社会ってそんなものだろうな・・・わからなくはない・・・

 

草は確かに厄介だ

作物の初期生育に大敵であることは農業経験するほどにわかってきたこと

農業に限らず日常の暮らしでも、ぼさぼさの草むらは藪蚊はもちろん毒蛇や蜂の巣の温床にもなるし、うちの庭などまさにそうなので隣家の人にも不快感を与えてしまう

草は憎むべきものという民意が・・・ 草は素晴らしいです、なんて都会の人が思う以上に言えない空気が田舎にはあったりするのだ

 

それでも、うちの畑はすごいもんだ、それこそ不要不急の草刈りをしない、むしろすべきでないというのが信条のようなものなので隣畑の人や通行人は呆れている

草刈りしない・・・自粛なんてしない、マスクなんてしない、あえてしない、協調しない

40年間言われてる筋金入りの僕の個性だ、協調性がない!というのは

欠点であるとさんざん言われたけど、あながちそうではないと知っていた

 

 

伸び放題の草藤

もうじき自然に枯れてつぶれ

またここは美味しい白菜の舞台に

偏屈

4件のコメントカテゴリー: ブログ

ホームセンターやスーパーへ行くとほぼ全員マスクをしていて、してない僕にあからさまに悪意ある眼差しを向けてくる人がいる

そう感じるが、そう感じるからという理由でするというのもおかしい

店の入り口に”マスクの着用お願いします”と張り紙してあるからあの眼差しなんだろうが・・・なんかおかしい気がするな

マスクマスクうるさいな

ニュースを見てたいした感染率でないことはわかるし、自分の免疫力があれば別に問題ないことと思える

ずっと自分の人生で、免疫力を上げる努力をしてきてるのに、はっきり言ってこのぐらいのことでビクビクしたくないし、マスクは不要だし、感染しないのに他人のためのマスクって意味が全く分からないなぁ・・・偏屈?、偏屈は悪?

 

 

 

ステイ ナチュラル

コメントするカテゴリー: ブログ

 

夜明け前に起きて山に入り山菜採り

東京から沢山の注文をしてくださったのはお洒落な創作料理のお店だが、今はお弁当を始めていている

季節の自然な旬の食材をふんだんに使うメニューは以前と同様だ

そんなお店としか僕は付き合いがない

 

早朝から山の中を6時間歩き回り、そして畑に移り荷造りをする

辺りは車の往来や人影はまるでなく、いつもに増して静かな休日

”なるべくステイホーム”という要請を守ってるのだろう

僕は13時間、外に居続けた

 

リスクについて考えている

人類はこれまで、肉体的な苦痛や命にかかわるリスクの軽減を求めつづけてきたと思う

それは当然だが、根本的に人間が自然の一部である以上、生きることはリスクを負うこと、という原則からは逃れることができないと思っている

そしてリスクの軽減を追い求め過ぎた今、痛い目に遭い始めているのだとも思う

 

薄暗いうちから山に入ると身震いがする 熊が出てくるかもと考えたりする

地に這って三つ葉を摘んでいたらマムシがすぐ足元をすり抜けていった

ちょっと前だが、山中に積み上げられた材木がいきなり、まとめて轟音とともに猛スピードで転がり落ちてきたこともある

とっさに身を伏せたら頭上を次々に飛び越えていき死なずに済んだ・・・

自然に近づいた暮らしをと思っていると、都会暮らしからは考えられないような危険と隣り合わせである

 

自然のなかでは人間を怖がらせる事柄が沢山発生する

いま、新型コロナウィルスが世界中に広がって

ニュースを見てすっかりビビってしまった人が多数

でもだからといってそれを排除する立場に人間はいないと、僕は思っている

そしてリスクを避けては生きられない

自然から逃げ出し無菌室に閉じこもろうではなく、抵抗力免疫力生命力をせいぜい高めて共存することで突破しなくては、と思っている

 

お彼岸 区切り

コメントするカテゴリー: ブログ

しばらく行くことができなかった庭に、今日は久しぶりに降りて、スズの亡骸を埋めた鶏舎の中に墓標を立て写真を飾り線香を供え手を合わせた・・・ら思いだすあのとき

僕が帰宅する軽トラの音に必ず気づいて、いつもお帰りと鳴き続けてくれたけど、あの日は暗がりに身を潜め、声などもちろん出さず、ただ必死に願っていたんだろう・・・(早く助けに来て、、おかあさん)

 

ああ・・・・・

もうやめよう

身体を動かそう

1年なんて簡単に棒に振ってしまうぐらい早く時は過ぎてしまうから

怪我をしていてもいつも強気で、びっこひいて走りながら直してたスズを見習いたいな

 

いつ死ぬかなんて誰にもわからない

その時まで頑張ろう

 

スズ、ヒメ、ピヨ、チビ、コロ、プク

いつか、また会える

 

 

よみがえる

コメントするカテゴリー: ブログ

快晴、そしてぽかぽかと暖かい畑日和

ニンニク、玉ねぎの株の周りの草取りをする

今年の春は早く、オオイヌノフグリなどの草はもうすっかり根を張っていて

鋸鎌を使って1株1株地道に作業をしなくてはならない・・・出遅れてしまった

結局昼をまたいで8時間、暗くなるまで作業に文字通り没頭した

腰が痛いが爽快感はある

 

久しぶりに、よみがえった感覚かもしれない

この数年は、畑で作業しているとき、いつも頭の片隅に鶏のことがあり・・・子の無事を願う母親としての自分だったから

胸を抉られたような痛みと喪失感はなかなか消えないが、心の中の数パーセント、ああ今年は畑の作業に思いっきり没頭できるんだな、という嬉しさのような感情がたしかに沸く

さてと、農閑期はすっかり終わったな

 

仕方のないこと

コメントするカテゴリー: ブログ

放し飼いにしていることはリスクを伴うことであると承知していた

キツネは悪くない

仕方のないこと

帰宅が遅れたのはいろいろ重なってしまったからだが

なにかのせい、他人のせいにしても仕方のないこと

では自分の怠慢のせい?・・・あろうことか鶏舎にいちばん近い場所のネットが開いていた

キツネからすれば、いらっしゃいませ、といわれているも同然のように・・・

でも自分をいくら責めても時は戻らない

すべて仕方のないこと

 

不思議な力

コメントするカテゴリー: ブログ

憂鬱な気分が突如立ち込めて、死にたくなったと全然本気じゃないが、多分生まれて初めて言った日だった

そんなことを言ったことを後悔していた

この日は予期せぬことが重なってしまった結果、日がすっかり暮れてからの帰宅になった

そんな時いつもならなにより鶏達のことが頭にあって、軽トラを飛び降りるや否や鶏舎の戸を閉めに駆けていく

彼女たちは1日中目いっぱい遊び、日暮れ近くに鶏舎に戻り止まり木にあがって僕の帰りをじっと待っている

それがなぜかこの日は、まず家に入り、さほど急ぐことなく翌朝用に豆腐とヨーグルトを器に入れて、さて持っていこうとしたときだった

悲鳴が!

窓から叫んだ、獣が走っていく音がした

あわてて飛び出した

鶏舎に鶏の姿はない、悲鳴のしたほうに・・・スズの・・・すでに・・・瞬殺だった

思考が止まった

その死体を抱き上げた、その時

庭の反対側で悲鳴 あ!!ヒメの声!!!

叫びながらそっちに向かうと獣の駆け出す激しい音

ヒメの姿はなかった、羽が散乱していた

咥えていったのはキツネだろう・・・

 

鶏舎の付近でチビとピヨがやられた形跡!があった そして・・・すくなくとも帰宅時に2羽は生きていた。スズとヒメはなんとか生き延びるために必死に隠れていたに違いない

どんなに怖かっただろう

何も見えない真っ暗闇の中、鶏舎から25メートルも離れた場所まで逃げて身を潜めていたヒメをせめて、なんで助けてあげられなかったかな・・・

 

健康的で元気に楽しく暮らし、まだまだ長い長いギネスに載るほど長い鶏生になるかも、と思っていた

それがたったの3年10か月

濃かったけど・・・すごく濃かったけど・・・そうだよね?

必死に生きて生き続けたかったのに奪われたこの4つの命、それが安っぽい”死にたくなった”と引き換えだったと思えていたたまれない

ふざけんな、人生舐めんなよという、なんか不思議な力が働いたように思える

生きる生きる、もうやるしかない! 4羽・・・あとコロとプクで6羽の我が子の分まで、精一杯生きる ギリギリまで オレも!!!!

 

・・・

スズの遺体だけ残った

活発で、甘えん坊で、わがままで、うるさくて、手を焼かせるけどとびきり可愛かったスズ

どっか痛めたときでも弱みはみせず、いつも堂々とたくましいスズに憧れてた

コロの時とは違い今回は食べなかった

一晩中抱きしめて

そして翌朝

3年暮らした鶏舎に埋めた

これからはおうちでゆっくり安心しておやすみ

 

 

ボリュームアップセット

コメントするカテゴリー: ブログ

さて、秋冬野菜がいよいよ最盛期に入ってきます

この時期は、大根、カボチャ、イモ類、白菜、キャベツ、人参と、重量のあるものが多く、通常の80サイズでの発送は難しい場合が多くなります

100サイズ箱での発送になると140円プラスになりますが、その値段以上の価値のあるボリュームアップセットであると思いますのでご了承ください

 

これからは寒さにも当たり一層野菜の風味が増してくる季節となります、お楽しみください

 

イベント出店

コメントするカテゴリー: ブログ

こうじいらずの枝豆

黄色っぽく熟度が進んできたものも多く、枝豆としての旬は過ぎた

ずっと高温、日照りが続いたせいもあるだろうが・・・

 

お彼岸の前あたりから採り始めて2週間

おおすげぇ、うまそうだぁ、なんて思わず口をついて出た

そんな旬のオーラが消えるのは枝豆に限らずだいたい2週間だと経験から感じている

 

昨日はイベント出店に向けて7キロほど収穫

これだけ沢山採るのは最後になる

 

ただ

そうなってからがまた美味しいんだと

東京飲食店主に教えてもらった

それでいつも大豆直前まで届けているが、実際たしかに美味しい

旬じゃなくても”旬のセット”にまだ入るので…

 

あ、出店するのは僕じゃなく枝豆他野菜たちです

天王洲ファーマーズマーケット

10月5日、6日開催 東京近郊の方お出かけください

 

 

だっておいしいから・・・

コメントするカテゴリー: ブログ

だってたかはしさんの・・・ここの畑の野菜は特においしいから・・・ そんなこと言われたらうれしいよなぁ(空想かっ!)

特にこのもちもちしたトウモロコシ、甘い甘すぎるだけの黄いろのよりボクはこっちが好み・・・・・・

そんな感じかい?アワノメイガの幼虫さん、美味しいからそんなにもムシャムシャいくんだよね

 

あまり人と接しないで暮らしているからか、もはや虫でも人でもそこまで差を感じなくなっている

どうしてくれんだよー 商品(カネ)にならないじゃねえかよー とは思いつつも、おいしいおいしいと食べてくれる様子はわるくない

 

 

生きることは食べること

コメントするカテゴリー: ブログ

今年は天候に恵まれ(人参の播種時期に雨が多くよく発芽し)た為、間引きに結構手間がかかるが気分は良い

ここまでくれば成功は凡そ約束されたようなものだ

そしてこの間引き人参も無駄にすることはない

うちでは毎食のように使うし、鶏は大好きだし、宅配セットなどのお客さんにもお分けする

葉は細かく刻めば、スープにもサラダにもカレーにも炒め物にも使えるし薬味にもなる

スーパーには出回らない時期限定の希少食材、自分で栽培しないとほとんど手に入ることはない贅沢品

きっと直売所でも見かけないだろう・・・以前持っていったことがある 「ゴミ持ってくるな!」といわれたな

 

農家って役得だなぁって本当に思う

食べ物はお金で買うものではなく・・・命そのものというか、さっきまであった命が食べ物となって、自分のこの命をつないでくれる・・・自分が自然の一部であるという実感が染みついてくる

最近、生きることは食べること、と誰に聞いた言葉でもないけど、よく頭に浮かぶ

続いて、食べることは生きること、と

 

鶏を見ていて思う、生きている動機の大半は食欲を満たすことみたいだ

きっと皆そうなんだろう、うちの野菜や鶏に関わって困らせる虫も雉も狐もカラスもヘビも、そういう僕だって、ケッコーそう・・・

 

一羽の鶏がまた足を怪我した

医者に連れて行こうか迷ったが、大丈夫と判断して畑に出た

仕事が忙しいということもあるが、決め手は旺盛な食欲だった うん、そこまでの重症ではないな 大丈夫大丈夫生きる気力十分だ、きっとすぐに治ると信じる!

 

畑でいつも1人作業中に何を1番考えるかというと、多分夕飯のことだと思う

目の前にある命=食材からふっと料理のイメージが広がっていく瞬間が訪れたら、それが至福のとき

だからどんなハードワークをした日でも料理に手を抜くことはしない

畑の命を僕が介してそれを食べるもの、家族、鶏、の命に大きく関わっている、そんな日常が小さくても確かな誇りを僕に持たせてくれている

 

購入してくださる方へ

お届けする食材からわずかでも息吹(生命の余韻)を感じていただけるなら、それはお互いにとって価値がありますね