協調性

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珍しく新聞を隅々まで読んで目にした小さな記事がちょっと衝撃だった

お馴染み”ラウンドアップ(除草剤)”を製造販売するドイツの会社が、健康被害等の訴訟に対して莫大な金額を用意し、和解を成立させ、そして未来の訴訟にも備えるという内容

 

草も人間も一緒だな、めんどくせぇ、一気に片付けちゃおう・・みたいな感じで一網打尽

まあしかし、除草剤の社会への貢献性なんかを言葉巧みに訴えられて大金摘まれたら、まあ仕方ないみたいになるのかもしれない

そして流れができればすぐに全体がそうなっていく、組み込まれる、社会ってそんなものだろうな・・・わからなくはない・・・

 

草は確かに厄介だ

作物の初期生育に大敵であることは農業経験するほどにわかってきたこと

農業に限らず日常の暮らしでも、ぼさぼさの草むらは藪蚊はもちろん毒蛇や蜂の巣の温床にもなるし、うちの庭などまさにそうなので隣家の人にも不快感を与えてしまう

草は憎むべきものという民意が・・・ 草は素晴らしいです、なんて都会の人が思う以上に言えない空気が田舎にはあったりするのだ

 

それでも、うちの畑はすごいもんだ、それこそ不要不急の草刈りをしない、むしろすべきでないというのが信条のようなものなので隣畑の人や通行人は呆れている

草刈りしない・・・自粛なんてしない、マスクなんてしない、あえてしない、協調しない

40年間言われてる筋金入りの僕の個性だ、協調性がない!というのは

欠点であるとさんざん言われたけど、あながちそうではないと知っていた

 

 

伸び放題の草藤

もうじき自然に枯れてつぶれ

またここは美味しい白菜の舞台に

偏屈

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ホームセンターやスーパーへ行くとほぼ全員マスクをしていて、してない僕にあからさまに悪意ある眼差しを向けてくる人がいる

そう感じるが、そう感じるからという理由でするというのもおかしい

店の入り口に”マスクの着用お願いします”と張り紙してあるからあの眼差しなんだろうが・・・なんかおかしい気がするな

マスクマスクうるさいな

ニュースを見てたいした感染率でないことはわかるし、自分の免疫力があれば別に問題ないことと思える

ずっと自分の人生で、免疫力を上げる努力をしてきてるのに、はっきり言ってこのぐらいのことでビクビクしたくないし、マスクは不要だし、感染しないのに他人のためのマスクって意味が全く分からないなぁ・・・偏屈?、偏屈は悪?

 

 

 

ステイ ナチュラル

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夜明け前に起きて山に入り山菜採り

東京から沢山の注文をしてくださったのはお洒落な創作料理のお店だが、今はお弁当を始めていている

季節の自然な旬の食材をふんだんに使うメニューは以前と同様だ

そんなお店としか僕は付き合いがない

 

早朝から山の中を6時間歩き回り、そして畑に移り荷造りをする

辺りは車の往来や人影はまるでなく、いつもに増して静かな休日

”なるべくステイホーム”という要請を守ってるのだろう

僕は13時間、外に居続けた

 

リスクについて考えている

人類はこれまで、肉体的な苦痛や命にかかわるリスクの軽減を求めつづけてきたと思う

それは当然だが、根本的に人間が自然の一部である以上、生きることはリスクを負うこと、という原則からは逃れることができないような気がしている

そしてリスクの軽減を追い求め過ぎた今、痛い目に遭い始めているのだとも思う

 

薄暗いうちから山に入ると身震いがする 熊が出てくるかもと思ったりする

地に這って三つ葉を摘んでいたらマムシがすぐ足元をすり抜けていった

ちょっと前だが、山中に積み上げられた材木がいきなり、まとめて轟音とともに猛スピードで転がり落ちてきたこともある

とっさに身を伏せたら頭上を次々に飛び越えていき死なずに済んだ・・・

自然に近づいた暮らしをと思っていると、都会暮らしからは考えられないような危険と隣り合わせである

 

自然のなかでは人間を怖がらせる事柄が沢山発生する

いま、新型コロナウィルスが世界中に広がって

ニュースを見てすっかりビビってしまった人が多数

でもだからといってそれを排除する立場に人間はいないと、僕は思っている

そしてリスクを避けては生きられない

自然から逃げ出し無菌室に閉じこもろうではなく、抵抗力免疫力生命力をせいぜい高めて共存することで突破しなくては、と思っている

 

お彼岸 区切り

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しばらく行くことができなかった庭に、今日は久しぶりに降りて、スズの亡骸を埋めた鶏舎の中に墓標を立て写真を飾り線香を供え手を合わせた・・・ら思いだすあのとき

僕が帰宅する軽トラの音に必ず気づいて、いつもお帰りと鳴き続けてくれたけど、あの日は暗がりに身を潜め、声などもちろん出さず、ただ必死に願っていただろう・・・(早く助けに来て、、おかあさん)

 

ああ・・・・・

もうやめよう

身体を動かそう

1年なんて簡単に棒に振ってしまうぐらい早く時は過ぎてしまうから

怪我をしてもいつも強気で、びっこひいて走りながら直してたスズを見習いたいな

 

いつ死ぬかなんて誰にもわからない

その時まで頑張ろう

 

スズ、ヒメ、ピヨ、チビ、コロ、プク

いつか、また会える

 

 

よみがえる

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快晴、そしてぽかぽかと暖かい畑日和

ニンニク、玉ねぎの株の周りの草取りをする

今年の春は早く、オオイヌノフグリなどの草はもうすっかり根を張っていて

鋸鎌を使って1株1株地道に作業をしなくてはならない・・・出遅れてしまった

結局昼をまたいで8時間、暗くなるまで作業に文字通り没頭した

腰が痛いが爽快感はある

 

久しぶりに、よみがえった感覚かもしれない

この数年は、畑で作業しているとき、いつも頭の片隅に鶏のことがあり・・・子の無事を願う母親としての自分だったから

胸を抉られたような痛みと喪失感はなかなか消えないが、心の中の数パーセント、ああ今年は畑の作業に思いっきり没頭できるんだな、という嬉しさのような感情がたしかに沸く

さてと、農閑期はすっかり終わったな

 

仕方のないこと

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放し飼いにしていることはリスクを伴うことであると承知していた

キツネは悪くない

仕方のないこと

帰宅が遅れたのはいろいろ重なってしまったからだが

なにかのせい、他人のせいにしても仕方のないこと

では自分の怠慢のせい?・・・あろうことか鶏舎いちばんに近い場所のネットが開いていた

キツネからすれば、いらっしゃいませ、といわれているも同然のように・・・

でも自分をいくら責めても時は戻らない

すべて仕方のないこと

 

不思議な力

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憂鬱な気分が突如立ち込めて、死にたくなったと全然本気じゃないが、多分生まれて初めて言った日だった

そんなことを言ったことを後悔していた

この日は予期せぬことが重なってしまった結果、日がすっかり暮れてからの帰宅になった

そんな時いつもならなにより鶏達のことが頭にあって、軽トラを飛び降りるや否や鶏舎の戸を閉めに駆けていく

彼女たちは1日中目いっぱい遊び、日暮れ近くに鶏舎に戻り止まり木にあがって僕の帰りをじっと待っている

それがなぜかこの日は、まず家に入り、さほど急ぐことなく翌朝用に豆腐とヨーグルトを器に入れて、さて持っていこうとしたときだった

悲鳴が!

窓から叫んだ、獣が走っていく音がした

あわてて飛び出した

鶏舎に鶏の姿はない、悲鳴のしたほうに・・・スズの・・・すでに・・・瞬殺だった

思考が止まった

その死体を抱き上げた、その時

庭の反対側で悲鳴 あ!!ヒメの声!!!

叫びながらそっちに向かうと獣の駆け出す激しい音

ヒメの姿はなかった、羽が散乱していた

咥えていったのはキツネだろう・・・

 

鶏舎の付近でチビとピヨがやられた形跡!があった そして・・・すくなくとも帰宅時に2羽は生きていた。スズとヒメはなんとか生き延びるために必死に隠れていたに違いない

どんなに怖かっただろう

何も見えない真っ暗闇の中、鶏舎から25メートルも離れた場所まで逃げて身を潜めていたヒメをせめて、なんで助けてあげられなかったかな・・・

 

健康的で元気に楽しく暮らし、まだまだ長い長いギネスに載るほど長い鶏生になるかも、と思っていた

それがたったの3年10か月

濃かったけど・・・すごく濃かったけど・・・そうだよね?

必死に生きて生き続けたかったのに奪われたこの4つの命、それが安っぽい”死にたくなった”と引き換えだったと思えていたたまれない

ふざけんな、人生舐めんなよという、なんか不思議な力が働いたように思える

生きる生きる、もうやるしかない! 4羽・・・あとコロとプクで6羽の我が子の分まで、精一杯生きる ギリギリまで オレも!!!!

 

・・・

スズの遺体だけ残った

活発で、甘えん坊で、わがままで、うるさくて、手を焼かせるけどとびきり可愛かったスズ

どっか痛めたときでも弱みはみせず、いつも堂々とたくましいスズに憧れてた

コロの時とは違い今回は食べなかった

一晩中抱きしめて

そして翌朝

3年暮らした鶏舎に埋めた

これからはおうちでゆっくり安心しておやすみ