久しぶりの雨。
しばらく乾燥した晴天が続き畑も乾き始めていたのでちょうどよかった。
植え付けのピッチをあげなければ・・・早く畑に出たいところだが鶏の看病中・・・。
ころ・・・寡黙な職人肌、なだけにアピールしてくることはなかった。
両足にテグスが絡まったまま過ごしていて、なんか動きがもたもたしてるなぁ、ぐらいでしばらく気づかなかった。
僕が片付けられないから、庭にはなにか危険なものが落ちていたりする。そういうものを鶏はちゃんと避けてくれるが、絡まってしまった黒テグスは肉眼では目を凝らしても見えないようなもの(トウモロコシの食害対策に使用)。思わぬアクシデントに驚きしばらく苦しんだと思うと胸が痛む。
最近は、朝鶏舎の戸を開けてから夕方止まり木の6羽を確認して閉めるまでじっくり接するする余裕もなく、放し飼いだから何があっても・・・と多少の覚悟は持っているが、もっと見てあげることぐらいできなかったものかと・・・。
幸い大きな骨折はないとのことだが、関節の変形と炎症に端を発して歩行困難から衰弱が始まったようだ。
医者から処方された薬を飲み始めて3日目だがうずくまったままで動かない。ずっとついていたいがいてもさほどできることもない。畑は1年で1番やるべきことの多い時期になっている。
・・・
生命と接し対応することを生業としている。
自分で種を蒔き栽培する野菜も、育っていくうえでベストの要求があるに違いないが声を聞いてあげられないことばかり。
だけどこうも思う。生命は生まれたところからそれぞれ自立したものであり、生育に関するベストの要求を他者にかなえられるものではないのでは、と。
栽培を通して学びそこに近づこうとするのだけど、結局は自分本位でしかないのかもしれない。
この鶏の話も・・・僕は自分のことでは医者に行くことはない。ころだってきっと医者に行くこと薬を飲むことは本意ではないだろう。
皆自分の中の生命が喜ぶものを受け取ろうとしていきる。だが無数の生命それぞれがそれを受け取り続けることなど不可能なのだし、本人にとって不測の事態というのも運命であり、地球(生命界)全体のバランスのなかの1つの出来事である・・・。あまり自分を責めないようにしたい。
・・・雨も上がった。深く人間につながる話にもと思いましたが、さすがに長々とこの時間にパソコンに向かっているのもきついですね。また。
“” への2件のフィードバック
その後にわとりさんの具合はどうなったのでしょうか。小さい頃、家には、にわとり、ヤギ等いました。今から思えば、何の感謝もせず、卵をいただき、ヤギのミルクをしぼって、当たり前のようにいただいていました。にわとりが草をよろこんでつつき、ヤギがれんげ畑の中で、草を食み、近ずくと、飼い主に、角で向かってきて、猫とは、違って、ヤギはオツムが弱い、等と思っていました。にわとりは夕方になるとちゃんと小屋に入るのは、なんとなく感心していたように思います。今から思うと幸せでしたが、にわとりやヤギはどう思っていたかきいてみたい気がします。人間に飼われている以上、人間が守ってあげないと、と思うのです。昨年飼い猫の1匹が癌で苦しんで亡くなり、残った猫2匹と、苦しんだ猫の代わりに、悲しみやその他の苦しみに耐えて生きようね、と言い聞かせています。
木村さん、ありがとうございます!
昨日ブログに鶏のことも少し書きました。調子は劇的に良くなればいいんですが、結局そうはならず引き続き心配な状態です。医者、薬はやめました。乗り越えてほしいです。