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ネズミ捕獲 猫食害 徒然

 

狙い通りネズミ捕獲。2つの仕掛けに1匹ずつ。当てが外れたのはかぼちゃの種はしっかり食べられていたから。食べる前に捉えられればよかったのだが・・・丸々太ったネズミを見て、最期の間際にうまいもの食えてよかったなぁ、とうそぶく。

べっとりくっつき逃げられないネズミ、まだもがいているがどうしようもない。今日はかみさんに苗の水遣り頼んだので、パタッと閉じて見えなくしておいた。

でもまだいる可能性はある。今日もたくさんのネズミホイホイ(?)仕込んでおいた。この課題解消についてはひとまず1歩前進か。

 

新たな食害に遭ったのは昼食用のパン。車の停め場は日向で車内が暑くなるからと、窓を半分開けておいたのだが、そこから野良猫が進入。さて、と車に戻ったとき、いきなり猫が飛び出してきたので、ビックリ!見るとパンの袋が破られほとんど食われていた。「おい!おれは昼飯抜きかぁ!」とノラの後姿に叫んだ。

  

 

前から感じていたことだが、安心安全を断言していた原発の問題をみていたら、断言と誇張は同義である場合がほとんどだと思える。そしてその多くの場合打算が働いているように思う。

何故断言して欲しいと人々は言うのだろう。強いもの、聞こえの良い言葉に何故すぐ流れていくのだろう。

例えれば、このやさいは安心安全だよ!といって商売している人は多いが、そう言われてほんとかおい?とは思わないのだろうか。疑っていろいろ調べて、質問して、納得してから買おうと思わないだろうか。

このやさいが安心安全かどうか・・・それはこちらからはあえて言いませんが、栽培方法、使用資材、その他なんでも質問していただければと思います。何1つ隠さずお伝えします。御自分の買い物です。いろいろと調べて比べて選んでみてください・・・なんて言われて、はじめて信用できるのではないか。

ある有名農家の公演を聞いた時、断言があまりに多かったから、「信用できん」と僕は思ったが、そういうのは少数派に違いなくて、疑いなく「すばらしい」と祭り上げる人が多いから、その人はカリスマになり、そして抜け殻になっていく・・・。

人はそういう和のなかににいることの方が安心なのか、気分がいいのか。

それを神格化というのだろう。この原発の「安全神話」ってなんなんだろう。「だましやがって!」と言ったって、だまされたかったのは自分かもしれない。 

電源は高台に移築しました その他5重6重に対策を講じました 今度こそ安全です と言われて、また信じてしまうのだろうか・・・。

この悲惨な事故をキッカケに多くの人が、何につけて「ちょっと待て」「ほんとにそうか」「他に手立ては無いのか」なんてことを考える習慣が付き、主体的な国民像が生まれてくればいいなと思う。

 

自販機抑制、動き始めた。良い良い。でももっともっとどんどんいけ。だってこの田舎でも今では信じえられない台数になっている。ここまで明らかな無駄なものって他にないと思うぐらい。

(あんなもの、なけりゃいいのに、目に付くとついつい、うまくもない缶コーヒーなんて買ってしまったりする。何年も前からやめたくてしょうがないのに、未だに時々飲んでしまう。胃はもたれ自己嫌悪にもなる、なくなって欲しい)・・・が本心か。 

  

 

Nezumihokaku4.14

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あーなんてこった

ごめんごめん トカゲまでsad 

 

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