ファザコンかな・・・
ついに毎日の薬を飲み始めた
尿酸値降下薬ザイロリックのジェネリック、アロプリノール・・・
最初の痛風発症から8年、毎年5.6回ぐらいは痛風発作で苦しんだ
その都度ロキソニンに頼った
そしてだんだん症状が重篤化している感じがしていた
痛風は贅沢病なんてとんでもない誤った認識だと思う
質素な食事をしている、水分は基本お茶か酢水で補給、最初の発症からいままででビールを飲んだ回数は片手で足りるほど
酒も肉も控え玄米採食が基本
やはり若い頃から痛風もちの父に、薬のめ薬のめと会うたびに言われたが、そんな気はさらさらなかった
生活習慣で改善できるのだから・・・薬という毒に頼らなくても・・・ という意地があった
だが急に考えが変わったのは、80過ぎても肉大好きで相変らず怖いオーラがあり的確で勘がよく持久力のある父の姿をみたから
何種類もの薬を毎日何十年飲み続けてきたことか・・・
先日栃木から車でやってきた 全然平気だといっていた
助手席の母に、少しでも危ない、怖いと思ったことはあったかと聞いていた、なかったと母はいった
もうダメだよ といいながら個人差は相当大きいという認識も僕にはある
104歳まで元気で生きた母を持つ父のDNAはかなり上質なものではないかと思うようになった
父はずっと僕の中では圧倒的な存在だった
若い頃の武勇伝、喧嘩自慢、上司を殴った話、部下を殴った話、そんな話ばっかりだった
実際に殴られ蹴られ、灰皿投げられ・・・親に逆らったやつは殺されてあたりまえだと言い放った
当然反発もした
というか反発心しかなかったが、はったりでないのは分かったのでただただ恐かった
そこに憧れも入っていたのだとわかったのは修学旅行先の京都で地元の不良に因縁つけられた時、オヤジならやるな、と思ってボコボコにしてしまったとき
帰るなり、京都で変なのに絡まれたからKOしといた とこともなげに自慢して父の満足げな顔を見たときはなんともいえない嬉しさが湧いた
30近くにもなって急にプロボクサーになり、サプライズでデビュー戦に呼んだ時も驚きとともに喜んでた
あれはオヤジのためにやったんだ
・・・
4,5年前まで、信じられないぐらい頑張って畑を手伝ってくれたっけ
その頃はまだ不耕起自然農の大変な作付けをおれと同じペースでやってくれたっけ
この先30年、そんな風に動くために・・・むしろ薬という文明の利器の力を借りることで、思う存分動けることを願う、父に少しでも近づけることを願う・・・
すごいと思う
価値があると思う
そして感謝
過去に軽蔑したことのあるものすべてに