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浚(さら)うように収穫(最終章)

 

昨日と今日、ぐっと冷え込んだ畑で最後の総浚いをした。

これで、あとは残ったものの生命に委ねる。もう春まで、畑の営みに手を出すことはしない。

 

作業終了時、畑の温度計は-1℃を示していた。

軽トラの荷台一杯に宝の山を積んで、1年で最も早い夕暮れ、家路を急いだ。

ストーブの焚き付け急がなくちゃ、今日はシチューだ・・・。

 

 

 

 

Hakusai1215 

極上白菜

甘く美味なる内側の葉が枯れないうちに収穫。

 

 

Haserori1215 

葉セロリ収穫。

400本以上植えたが、植え付け後の旱魃の影響受けて、所謂出荷可能な茎セロリになったものは7、8本だった(50分の1)。

ひょろ葱、ビー玉カブ・・・ 

 

どんなものでも出来るだけ収穫した。そして貯蔵する。

品目ごと、苦労重ねて試行錯誤続けてきた貯蔵の技術に、今はかなり自信を持っている。

 

作物のない寒冷地の冬、毎日の料理の材料は多いに越したことはない。 

例えば小さな葉セロリは、細かく刻んでスープとかシチューとかカレーには欠かさない。

ビー玉大のカブもざっと洗ってそのまま上記3点や味噌汁炒め物・・・便利な素材。

 

最近考えるのは、こういう(うちで重宝している)ものを他の人、例えばセットを取ってくださる方にもどんどん提供できたら良いのでは、ということ・・・。

実は既にすこしずつ、そういう意識の元に、セット内容が変わってきているかもしれない。

 

小さすぎたり形が悪かったりすれば、もう売り物にはならず自家用であり、お金をいただくとなれば、それらしいもの(容姿端麗?)を目指して生産すべき、なのか・・・  

大は小を兼ねるというケースもあると思うが、小さいものに思わぬ使い勝手のよさを感じることもあるはずなのだ。 

勿論しっかり説明する必要はあると思うが、悪びれることはない。

 

今までだって例えばスーパーに並ぶ野菜なんかとは、比較にならないほどの容姿の野菜を認めていただいてきたのだけれど、目の慣れというものはあって、極端に見慣れないものにはびっくりしてしまうだろうし、否定的な見解をもたれてしまうかも、とも思うが、そもそも自分がそう思っていないのに、ただ世の中の価値観に倣ってしまうのは変な感じがする。

何度も書いた気がするが、家事の料理担当を始めてそこの意識は明確になった。

 

共鳴してくれる人もいるかもしれないし、そうでない人もいるかもしれない。

でも、そういう部分でやりとりをする中で、なにか勉強ができるのでは、とも思う。

 

ということで、今までも充分個性的だったかもしれないセットですが、更に面白く(偏屈に?)なっていくかもしれない・・・

 

さて、今年も残すところあとわずか。

今年の最終は27日発送便。

新年は、7日再開を予定しています。

 

Yuukei1215

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