経済的事情から、植木の手入れを断ってきた方がいたと、昨日少し書いたが、それぞれ家庭が生活を続ける中でその点が最重要なことは確かなこと。
野菜を取ってくださっていた方から、時々、そのような(断りの)連絡が来る。そういう時は少し落ち込むが、まあ、仕方が無いこと。そして、自分にも足りない点があったということと考え、更に頑張ろう!という材料にする。
常に家計は取捨選択を迫られ、きっちり優先順位をつけるもの。そんな時代に浮遊するアベノミクスに期待を寄せる風潮がむしろ心配だが・・・。
植木の話に戻るが、植木屋の未来像は芳しくないような気配を、この冬は特に感じた。
年寄りでない若い世代の大半が、庭にある植木にお金を使うことに対して、勿体ないと思っているに違いない。
従って家計の優先順位でいえば相当下のほうだろう。
そんな中でも、喜んでいただけるような仕事がしたい、その思いを胸に庭を回った。
そして、仕上がりのきれいなことで、喜んでいただけた面もあったとは思うが、それ以上に、心から喜んでいただけたのは、僕の料金設定は格安だからだ、と正直そう考える。
もしも相場の値段を設定した場合、頼まれる数は半分以下になるに違いない。
本職なら、僕の値段では、生活が苦しいはず。そのうえ、「植木屋頼むと高いから」と木を切ってしまう人も増え、仕事数自体が激減しているのが現状なのだ。
なりわいとする仕事において、適正な値段設定で、それを顧客に選択してもらうことによって初めて暮らしが成り立つ、というのがこの社会で生きていくことなのだから、あらためて、生活とは大変なことだと思う。
では、僕の本職農業はどうか・・・
食べなければ人は生きていけない。食べるものの優先順位は、植木と違って、本能的な欲求に根ざしたものなのだから、低いということはありえない。
農業に携わっているということは、それ自体大きな意味で常に人々の選択肢の中に入っているといえるのではないか?違うかなぁ?え?・・・そう?
んなら、それなら、充分やっていける、生きていけるはず、努力次第!頑張ろう!